ETS Japanは、全国の高校生が、理科・数学・情報等の複数分野で科学の力を競う「科学の甲子園全国大会(主催:科学技術振興機構=JST)」に協賛しています。この大会の優勝校には、全米の科学好きな高校生たちが集う「Science Olympiad」への参加資格と、2回の英語研修が授与されます。2026年3月に行われた「第15回大会」で優勝し、5月に米国・ロサンゼルスの南カリフォルニア大学(USC)で開催された「Science Olympiad」に日本代表として参加した岡山県立岡山朝日高等学校の生徒たちに、競技への挑戦や現地での交流、英語を使って感じたことなどについてお話を伺いました。(文中敬称略)
―渡航前にはETS Japanによる英語研修を受けました。研修を通して、英語に対する意識に変化はありましたか。
八木:研修の最後に「世界で一番話されているのはブロークンイングリッシュだ」というお話があったのが印象に残っています。それまでは自分の英語に不安がありましたが、その言葉で緊張がほぐれました。実際にアメリカへ行くと、いろいろな話し方の英語が聞こえてきて、自分も日本人らしい英語のままで臆することなく話せたと思います。
山本:研修前からリスニングの勉強はしていて、教材の英語ならある程度聞き取れると思っていました。でも、研修で現地の高校生が話している動画を見たときは、何を言っているのかわからなくて驚きました。「リアルな英語」に事前に触れられたことで、現地でもあまり構えずに聞くことができました。
―実際に現地の人たちと英語で話してみて、どうでしたか。
青木:入試などで聞く英語と、現地の人が実際に話す英語では、発音や表現が少し違うと感じました。でも、こちらがうまく言えなくても、相手が意図をくみ取ろうとしてくれます。買い物などでもコミュニケーションが取れたので、外国の人と話すときには、難しくて堅苦しい表現を無理に作ろうとしなくてもいいのだと思いました。
森平:僕はそれまで、英語をどちらかというと入試のために勉強していた部分がありました。でも、実際にアメリカへ行って、英語は人と話して心を通わせるための言語なんだと実感しました。食事のときには、ベーコン入りのオムレツを頼もうとして、「bacon」がうまく伝わらず「bagel」と聞き取られそうになったこともありました(笑)。そういう経験も含めて、英語をもっとやってみようという気持ちにつながっています。
―ここからは、実際に参加した競技について聞いていきます。まず、高橋さんと畠山さんが担当したRobot Tourは、どのような競技でしたか。
高橋:Robot Tourは、自分たちで製作・プログラミングしたロボットを、決められたコースに沿って自律走行させる競技です。準備は最後までギリギリで、アメリカに着いてからもホテルでパーツを調整していました。学校やホテルの床では走っていたのですが、本番会場の床が想定していたものと違っていて、うまく走らせることができませんでした。
―本番では、どのようなところに難しさを感じましたか。
高橋:体育館のフローリングより少し柔らかいような床で、タイヤが滑ってしまいました。他のチームにはとてもきれいに走らせているところもあったので、練習の段階からいろいろな床で試すなど、本番とは環境が違う可能性も考えて準備しておけばよかったと思います。
畠山:うまく動かなかったので、途中でロボットを止めてしまったのですが、失敗しても、とりあえず最後までやってみたほうがよかったと思います。
―三浦さんと佐野さんが担当したElectric Vehicleは、どのような競技でしたか。
三浦:Electric Vehicleは、自分たちで製作した電動車両を走らせて、指定された地点にできるだけ正確に停止させる競技です。僕たちは車体を完成させるまでに時間がかかってしまい、実際に動かして調整できたのが本番直前の数日しかありませんでした。車がきちんと直進できるかを試す時間も十分に取れないまま本番を迎えてしまいました。
佐野:製作中も何度も車が動かなくなって、そのたびに原因を探して改善していきました。渡米前日にも基板のトラブルが起きて、数時間かけて修理しました。大変でしたが、動かない原因を一つずつ考えて解決していくことには面白さも感じました。
―実際に競技を経験して、どんなことが必要だったと思いますか。
三浦:アメリカのチームは、州大会などを経験しながら同じ競技に取り組み、車体を改良する時間があります。僕たちはまず確実にまっすぐ走らせるところから始めなければならなかったので、準備期間の違いは大きかったと思います。それでも、もっと早く車体を完成させて、実際に走らせながら調整する時間をつくる必要がありました。
佐野:本番の2週間前くらいには90%程度まで完成させて、残りの期間をプログラムの調整などに使えるようにした方がよかったと思います。完成させることだけではなく、その後に十分な調整時間を確保することが大切だと感じました。
―八木さんと山本さんが担当したBungee Dropは、どのような競技でしたか。
八木:Bungee Dropは、ゴムなどを使って重りを落下させ、地面にできるだけ近い位置まで落として止める競技です。最初はゴムだけを使って実験していたのですが、なかなかうまくいかなくて。いろいろ考えるうちに、伸びない紐とゴムを組み合わせれば誤差を小さくできることに気づき、そこから実験を繰り返しました。
―実験を重ねる中で、どんな難しさがありましたか。
八木:実験を繰り返しているうちに、ゴムがどんどん劣化してしまいました。劣化のペースも事前に確認していたつもりだったのですが、見積もりが甘く、それまで取ったデータが使えなくなってしまったこともありました。それでも実験をやり直して、最低限のデータをそろえて本番に臨みました。
山本:僕たちは少し焦っていて、実験を始める前に作戦を十分に練れていなかったと思います。途中で紐とゴムを組み合わせる方法には気づきましたが、ゴムが劣化するという根本的な課題を解決しないまま、次の実験に進んでしまいました。本当に上位を狙うのであれば、一度立ち止まって、作戦そのものを考え直す必要があったと思います。
―競技を終えた今なら、どんな方法を試してみたいですか。
山本:終わった後だから言えることですが、弱いゴムを何本も使って、一本一本の伸びの変化による影響を小さくする方法がよかったのではないかと思っています。実際に競技を経験したからこそ、そういう改善方法も見えてきました。
八木:そこには本番では気づけませんでした。もう少し時間があったら、もっと試してみたかったです。やればやるほど新しいことが見えてきて、すごく奥が深くて面白い競技だと感じました。
―青木さんと森平さんが担当したForensicsは、どのような競技でしたか。
森平:Forensicsは、架空の犯罪現場に残された証拠を科学的に分析して、犯人を推理する競技です。いくつかの分野に問題が分かれていて、なかでも配点が大きかったのが、粉末がどの物質なのかを見分ける定性分析でした。ほかのチームがフローチャートを作っているという情報もあったので、僕たちも事前に作って準備しました。
青木:僕は地学や生物に関する分野を中心に準備しました。
森平:過去問を見て出題されそうな内容を確認したり、日本でできる実験は一通り試したりしました。当日の役割分担や時間配分も事前に決めて臨みました。
―実際の競技では、事前の準備を生かせましたか。
森平:過去問を調べて準備していたので、まったく知らないものが出たということはなく、事前にまとめた資料もかなり役立ちました。ただ、とにかく時間が足りませんでした。実験だけでなく片付けまで含めて50分以内に部屋を出なければならなかったので、時間との勝負でした。
青木:想定外だったのは、炎色反応を実際に行うのではなく、燃えている様子を映像で見て判断する問題です。しかも映像を見られるのは1回だけだったので、そういう形式も想定して予習しておけばよかったと思いました。
―競技以外で、アメリカに行って印象に残ったことはありますか。
青木:ロサンゼルス自然史博物館に行ったとき、館内の案内が英語、スペイン語、中国語、韓国語で、日本語がなかったことに驚きました。その理由を聞いてみると、中国や韓国からアメリカを訪れる人に比べて、日本から来る人は少ないという話でした。それを聞いて、日本は海外に出る人が少ないのかなと感じました。
―大会では、各地から集まった高校生たちとの交流もあったそうですね。スワップミートでは、どんなものを交換しましたか。
森平:日本から持っていったものでは、扇子がすごく人気でした。100円ショップで買ったようなものでも、日本らしいものが喜ばれました。男女問わず人気だったので、たくさん持っていけばよかったと思います。
高橋:日本語で書かれたポケモンカードも人気でした。ポケモンを知っている人はすごく喜んでくれました。僕たちもTシャツやナンバープレートなど、いろいろなものをもらいました。
―現地の高校生と話す機会もありましたか。
山本:競技の待ち時間などに自分たちから話しかけました。親が日本人で日本語が上手な生徒と仲良くなって、そこからその友達とも英語で話すようになり、交流が広がっていきました。
―開会式や閉会式など、大会全体の雰囲気はどうでしたか。
森平:日本とはかなり違っていて面白かったです。開会式や閉会式では、画面に映った人がスマートフォンにメッセージを表示して、それを見てみんなで盛り上がったりしていました。スピーチも堅苦しい感じではなくて、会場から笑いが起きていました。そういう雰囲気もアメリカらしいなと思いました。
―最後に、今回の経験をこれからどのように生かしていきたいですか。
高橋:まずは大学に進学して研究をしたいです。今回アメリカへ行ったことで、海外で研究するのも楽しそうだと思うようになりました。化学や地学、地球科学などに興味があるので、自分のやりたいことができるように頑張りたいです。
三浦:研修で教えていただいたリスニングや音読など、英語の勉強をこれからも続けて、まずは受験にも生かしていきたいです。大学に入ったら留学してみたいと思っています。アメリカだけでなく、ほかの国にも行ってみたいです。
八木:今回参加して、いろいろなことに挑戦し、経験していくことが、自分の視野を広げることにつながるのだと感じました。
山本:今回の経験で、海外に行くことへの抵抗感がなくなりました。大学に入ったら、アメリカに限らずカナダなどにも留学して、日本では出会えないような人たちと話したり、知らない文化に触れたりして、いろいろな考え方ができる人になりたいです。
森平:大学では材料系の物理を学びたいと思っています。今回の経験で、海外へ行くこと自体が楽しいと気づいたので、大学に入ってからもいろいろな国へ行ってみたいです。留学だけでなく、旅行などもしてみたいと思うようになりました。
2026年9月掲載
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